それはDAYS NEOから始まった #20 『やがて蛸になるきみと』小嶋網走先生×担当編集インタビュー
マッチング型マンガ投稿サイト「DAYS NEO」から連載に繋がった作者と作品を紹介する「それはDAYS NEOから始まった」、第20回!
今回は2023年9月にモーニング編集部・香山(以下、香山)とマッチングし、2024年11月13日よりコミックDAYSにて『やがて蛸になるきみと』の連載が始まる小嶋網走さん(以下、小嶋)にインタビュー。
小嶋網走さんの突き抜けた感性が光る作品や、その才能に魅せられた担当編集者の思いを深掘りします。「フェティシズム」を連載作品に落とし込んでいく過程をぜひご一読ください!
本インタビューは作品のネタバレを多く含みます。
ぜひ『やがて蛸になるきみと』第1話を読了後にご覧ください!
商業誌で連載するために、今の自分に必要なものが知りたかった
―DAYS NEOに投稿したきっかけを教えてください。
小嶋:
元々、講談社さんが運営するマンガ投稿サイトがあることは知っていました。DAYS NEOに投稿する前、新潮社さんの「くらげマンガ賞」で奨励賞を受賞したのですが、「アクの強い作品になった」という実感があって。このアクの強さが自身の強みになるのではと感じていたんです。
(※)『ボーイ・ミーツ・パンツ』(くらげマンガ賞 奨励賞掲載作品)
『ボーイ・ミーツ・パンツ』より。
衝撃の大ゴマ。
―確かに、アクは強いですね(笑)。
小嶋:
そうですよね。
当時は「このアクの強さが自分の武器となりうるのか、自分の武器となりうるのならば、商業作品にどう落とし込んでエンタメに昇華することができるのか」を模索していて、他の編集部の編集者さんのご意見も伺いたいと思っていました。
そういった経緯もあり、DAYS NEOへの投稿を決めました。DAYS NEOは一度に複数の編集者さんからメッセージをもらえる可能性があり、また、担当希望をくださった方一人一人と実際にお話できるところが非常に魅力的だと思います。
―ありがとうございます。香山さんはなぜ『くちびるの皮』に担当希望を送ったんですか?
香山:
シンプルに、作品がとっても面白かったからです。
僕は、なにか一点「突出してすごいと感じる部分」がある作家さんと一緒にお仕事をしたいと思っています。小嶋さんの作品はいわゆる「クソデカ感情」を描くことにおいて本当に高いレベルにあると感じました。
絵に感情が乗っていて、出力のデカさがすごいんですよ。小嶋さんにしか描けない感情がある。近い将来プロになる人だと感じました。そんな方と一緒にお仕事をしたら楽しいだろうなと思って、担当希望をお送りしました。
―香山さんが「クソデカ感情」を読み取ったのはどのシーンですか?
香山:
全部…ですかね…(笑)。
でも、やっぱり目を惹いたのは描き文字ですかね。この感情を絶対に描くんだ!という執着を感じられて、好きでした。
DAYS NEO投稿作品『くちびるの皮』より。
描き文字によって強烈な印象が与えられている。
―作中に登場する描き文字、強く印象に残る表現ですよね。
香山:
めちゃくちゃ格好いいですよね!
小嶋:
ありがとうございます。『動物のお医者さん』(佐々木倫子)という作品でも描き文字がよく使われていて、素敵な演出だと思っていました。そういった表現を自分の作品にも活かしたいと思って、描いているところもあるかもしれません。
『やがて蛸になるきみと』より。
表情と描き文字でより主人公の気持ちが伝わってくるシーン。
―『くちびるの皮』には4人の編集者から担当希望が来ていましたが、香山さんの担当希望を承諾した理由はなんですか?
小嶋:
メッセージだけだとマッチング相手を決めきれなかったので、DAYS NEOの「マッチング相談窓口」に「マッチング前に、担当希望をくれたみなさんとお話ししたい」と連絡しました。
その後、4人の編集者さん全員と面談する機会をいただき、それぞれの方と「自分の作品の強みを活かしてどうエンタメに落とし込むか」「商業作品としてどう成立させていくか」をお話しさせてもらいました。
その中で、自分がなんとなく感じていた「こういうことがしたい」というビジョンを共有できた!と思えたのが香山さんだったんです。
香山:
そうだったんですね!
小嶋:
はい。あとは私が勝手に思っているだけかもしれないんですけど、香山さんと私って思考回路が非常に近いのではないかなと思っていて。何か物事に直面した時、それに対する答えの導き出し方が似ている気がするんです。
香山:
おお、なるほど。
小嶋:
そういう方とお仕事ができたら、異なる意見を共有する際、お互いに何故その考えに至ったのかという意図をすり合わせしやすく、意思疎通がスムーズだなと。よりよい作品をつくるために、そんな編集者さんとご一緒できたらすごく良いんじゃないかと思いました。
香山:
僕は作家さんの魅力が最大限発揮できて、やりやすく、かつ売れる環境にいてほしいと思っています。もし自分が作家さんに対してよいアプローチができそうなのであれば、ぜひ一緒にやりたい。それを叶えられているのであれば本当に嬉しいです。
お互いの「仕事相手を選ぶうえで大切にしたいこと」を意識してマッチングできるDAYS NEO、作家さんにも編集者にもいいサービスですね(笑)。
―クリエイターと編集者に「ステキな出逢い」を届けることを目標に運営しているので、そういった意見をいただけて嬉しいです。
香山:
そういえば、10人くらいの編集者から担当希望がついている作品に、担当希望を出したことがあります。
そのときも作家さんと面談する機会をいただいたんですが、作家さんの今後の夢や展望について話しているうちに「モーニングよりも少年誌を舞台に活躍しそうな作家さんだな」って感じたんです。なので「もし一緒にやらせてもらえるなら本当に嬉しいけど、あっちの編集部が向いてると思います」って言いました(笑)。
小嶋:
そうだったんですか。
香山:
若い時は「僕が絶対やるんだ!」と前のめりに何でもやりたがってましたが、今は自分が担当することで作家さんにどんな価値を提供できるのかを意識していますね。
小嶋さんの武器を活かす企画になると思った
―マッチングされてから、どんなふうに作品づくりをされてきたんですか?
小嶋:
初回の打ち合わせでは、読切ネームを1本と、ふわふわの連載企画を数本持っていきました。
その場で、「やはり読切掲載ではなく、連載を目指そう!」と香山さんに言っていただき、ふわふわの連載企画の中から、特にやりたかった「男の子が蛸になる話」を練ることになりました。連載企画を考えるのは初めてだったので、香山さんの力をたくさん貸していただきました。
―初回打ち合わせで相談した企画が『やがて蛸になるきみと』の原型だったんですね。
小嶋:
はい。初回の打ち合わせが2023年の9月頃だったので、2024年4月のネームコンペに向けて準備を進めることにしたんです。初回の打ち合わせでは、この作品が連載企画として成立するのかを、時間をかけて相談させてもらいました。
香山:
そうでしたね。「蛸になってしまう男の子」と「その男の子のことがめちゃくちゃ好きな女の子」がいることは小嶋さんの中で決まっていたような記憶があります。
「クソデカ感情」の表現力が小嶋さんの武器…という話をしましたが、キャラクターが大きな感情を持つためには何かの積み重ねやキッカケが必要です。だから、僕は小嶋さんに「キャラクターをしんどいところに追い込んで、読者がキャラクターと一緒につらくなるようなシーン」を描いてほしいと思っていました。
そんなことを考えながら臨んだ初めての打ち合わせで「男の子が蛸になる」という設定を聞いたんです。
人間ではないモノに変質してしまう男の子。それでも好意を寄せ続ける女の子。そんな2人の感情を描いていく作品。これは小嶋さんの武器を活かす企画になると思いました。
―キャラクターをしんどいところに追い込む…。『やがて蛸になる』第1話、主人公とお母さんのやりとりのシーンがまさにそうですよね。
香山:
温泉卵のくだりですね。
『やがて蛸になるきみと』より。
娘である主人公に理不尽に激昂し暴力を振るう母親。
―主人公が不憫すぎるシーンです…。
香山:
分かります。「もうやめてくれよ…」ってなりますよね(笑)。
僕はこのシーンが本当に素晴らしいと思っています。いわゆる「毒親」という概念はマンガ表現として珍しくなくなってきていると思うのですが、あの母親のどうしようもなさや攻撃性を高い解像度で描いているところに小嶋さんの強み・才能が発揮されている。大好きなシーンです。
―毒親という言葉を超えたエグさが伝わってきます。
小嶋:
「そんなことで急に怒るんだ…」というところを描きたかったので、誉めていただけて嬉しいです。
―狙い通りに伝わっていると思います。2024年4月のネームコンペ、モーニング編集部の他の編集者からの反応はいかがでしたか?
香山:
満場一致に近いような形で通りました。感情を揺さぶるすごさがあるとか、小嶋さんの作家としての可能性に言及する意見も多かったです。
小嶋:
とても嬉しかったです。
香山:
連載決定後、編集長からは「小嶋さんの感情を描く力はすごいから、ぜひ頑張ってほしい」と言われました。編集部の多くの人が期待してくれています。
―満場一致での通過も頷けるほど、一度読んだら忘れられない第1話ですね。
香山:
はい。「あの蛸の話…」って記憶に残りますよね(笑)。そこも魅力だと思います。
小嶋:
ありがとうございます。
―その後、連載まではどのように進めていったんですか?
小嶋:
1話以降の作画作業とその後のストーリーのネーム作成を今も進めています。想像以上に作画に時間がかかってしまっているので、現在進行形で必死に頑張ってます(笑)。
―作品全体の描き込みもすごいですが、蛸足の作画コストは特に高そうですね…。
小嶋:
美しさやエロティックさと、不気味さが共存しているような、神秘的な様子が出せるように描いていきたいと思っています。常に試行錯誤しながら描いているので、蛸の作画には想像以上に時間がかかっています(笑)。進みは遅いです。
『やがて蛸になるきみと』より。
主人公が想い人の秘密を知る衝撃のシーン。
―原稿の進捗はいかがですか?
小嶋:
今(※2024/10/11時点) 第3話までの作画がほぼ終わって、ネームが7話あたりまで進んでいます。他の作家さんだともう少し進んでいるんでしょうか。
香山:
自分は連載開始前に単行本1巻分くらいネームがあがっている状態を基準としているので、理想的な進行だと思っています。
小嶋:
よかったです…!
―作画よりもネームが大きく先行している印象を受けました。
香山:
読切作品と連載作品ではストーリー構成の仕方が大きく変わってきます。
小嶋さんは今回が初の連載作品なので、実際のデッドラインのタイミングで「締切が来る!」となってしまうと気持ち的にも負荷が大きいじゃないですか。なので連載が決まった4月からは、疑似的に連載スケジュールを切って今日まで準備を進めてきました。結果として、自然と7話分のネームができあがりましたね。
―連載スケジュールを想定して連載ネームを作成していくのは、連載時のイメージも持てるステキなやり方ですね。
香山:
先ほども「筆が遅い」と謙遜されていましたが、小嶋さんはとてもガッツのある方です。疑似連載のスケジュールで決めた締切に遅れたことは一度もないんですよ。
ここ数ヶ月の画づくりの試行錯誤を見ていて、すごい方だなとずっと思っています。
小嶋:
ありがとうございます。
ピーキーさは薄めるのではなく、「寄せる」
―担当がついてから半年で連載が決定するのってすごいスピード感ですよね。
香山:
小嶋さんの魅力は「人の話を冷静に聞いて分析する力」と「読者を置き去りにするくらい大きな感情を描ける、振り切ったピーキーさ」が両立しているところです。
読切作品や第1話のネームの初稿はどちらかというと後者の面が強すぎた。ダメということではなく、その大きなものをどうやって読者に届けようか、という交通整理を半年間やっていましたね。
―言葉で聞くと理解できるのですが、かなり難しいことのような気がします。
香山:
僕もそう思います。繰り返しになりますが、小嶋さんが人の話を聞いて理解をし、アウトプットする能力に長けているからこそ、できたことですね。
僕から「ちょっとわかりづらいな」「別の表現の方が伝わりやすいな」と思ったところは、読者に寄せて変更してもらうこともありました。
逆に、作品の良さとして振り切るべき部分は思いっきり振り切る。小嶋さんの持つ、才能としかいいようのない「心に訴えかけるような描写」を残しながら、より多くの読者に届くようなチューニングをしてくれました。
小嶋:
いつか香山さんが言ってくれた「ピーキーな部分を薄めるのではなく、読者に寄せることを意識しましょう」という言葉が、とても分かりやすかったんです。自分の作品のアクの強さそのものを変えるのではなく、「寄せる」…つまり、伝え方を工夫することで、読者と感覚を共有できるようにすることを目指して、作品をブラッシュアップしてきました。
香山:
それを言われて実践できるところが、小嶋さんのすごさだなぁと思います。このインタビューでも伝わっていると思うのですが、人の話を受け取って言語化するのがすごくお上手なんですよね。
―ピーキーさといえば「男の子が蛸になる」という題材にも現れていますね。どのようにしてこの話を思いついたんですか?
小嶋:
人と蛸の絡み自体は、絵として「なんか、すごく好きだなあ…」という言いようのない感情があって。見ること自体が好きでした。
『やがて蛸になるきみと』より。
蛸足に拘束されている主人公。
香山:
なんでイカじゃなくてタコなの?って話もしましたよね。
小嶋:
そうですね。その時は、蛸の表皮の赤らみやフォルムにエロスを感じるって話をさせてもらったんですけど、それ以外にもたくさんあって…現在進行形で言語化しながら、ネームや作画に落とし込んでいっています。
香山:
「これが描きたかったんだ!」を自覚するために、「なんとなくいい」を言語化するのは大事ですよね。
小嶋:
はい、いいきっかけになったと思っています。
あとは『ブルーマインド』というホラー映画を観た影響かなと思います。その作品も女の子の体が段々と変質していく展開なんですが、自分の体が人間ではないものへ変わってしまう恐怖感やそのことを誰にも言えない不安感に苛まれる心理描写がとても面白いんです。
体が人間ではなくなっていく部分へのフェティシズムと、それと向き合う心理描写。そのどちらにも魅力を感じていて、自分の作品でも表現したいと思っていました。
香山:
「人と蛸の絡み」という、ある種のインモラルさを孕んだ題材は、小嶋さんの作風にバッチリあってます。第1話以降もフェティシズムが存分に発揮されていきます!
―小嶋さんが興味のある分野・強みと、香山さんが小嶋さんに感じている作家としての魅力が合致しているんですね。
小嶋:
ありがたいです。
『やがて蛸になるきみと』は「普遍的で本質的な感情」を描いた作品
香山:
今日お話しした通り、たくさんの試行錯誤を経た本当に面白い作品です。早く皆さんに読んでいただきたいです。僕、夜中にお酒飲みながら読み返したりしてますもん(笑)。
小嶋:
ありがとうございます。そういえば1話のネームの決定稿を提出したあと、朝の4時くらいに「めちゃくちゃ面白かったです!」ってメールをくださいましたよね。
香山:
随分前のことなので、正直あまり覚えていないのですが、きっとテンションが上がってすぐに返事をしちゃったんでしょうね(笑)。
小嶋:
香山さんの健康が心配になるような時間でしたが、そんな夜中に熱いレスポンスが来たのがとても嬉しかったです。
―香山さんの作品愛と小嶋さんへの尊敬が伝わってきます。
では最後に『やがて蛸になるきみと』のおすすめポイントを教えていただけますか。
香山:
「蛸になる」という設定を独特に感じるかもしれませんが、実は普遍的で本質的な感情を描いている作品です。
例えば「好きな人がいて、その人のために何かしてあげたい」であるとか、成長する体の変化に戸惑ったりだとか、親からの圧に苦しんだりだとか…。多くの人が一度は抱いたことのある感情なのかなと。だから、誰が読んでも楽しんでいただける内容に仕上がっているのではと思っています。
「変な設定のマンガだな」で読み始めてくれても嬉しいし、「文学性が高い作品が読みたいな」という人にもオススメです。
とにかく面白い作品なので、ぜひ一度読んでほしいです!!
『やがて蛸になるきみと』より。
主人公が純粋な想いをぶつけるシーン。
―素敵なご紹介をありがとうございます。
香山:
ありがとうございます。頭をフル回転させました(笑)。
―おふたりとも、お忙しいなかありがとうございました!
小嶋:
こちらこそ、ありがとうございました!
香山:
ありがとうございました!
『やがて蛸になるきみと』は11月13日(水)からコミックDAYSにて連載開始!
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